中学入試から中学校での事
それほど成績が良かった訳ではないのだが、中学入試は当然受けるべきものだと、自他共に考えていた。小学校の担任は、特別な補習をするわけでもなく、市販の薄っぺらい算数の問題集をくれただけだった。受験するのは、国立、岩手大学教育学部附属中学校だった。小学校で習っただけの学力では受かるはずはない。私のクラスからは4名が受験した。最初の合格発表では、一人ハセガワ君が合格した。補欠入学の二次の発表があった。私は小学校へ行けずにいえに引きこもっていた。そこへイシバシ君がやってきて、補欠で合格したと伝えてくれた。さっそく中学校まで発表を見に行った。
補欠でも合格した自分は舞い上がってしまった。かなりハイになったのである。入学式の事は覚えていないが、その後のホームルームではかなり積極的に発言したものだ。通学のために買ってもらった自転車も、かなり派手な作りだった。一年のときはA組だった。2年と3年はC組だった。一年の時の担任は「サンペイチャン」だった。理科の教科を教えていただいた。二年と三年は「ピラ」だった。数学の教科を受け持っていらっしゃった。
中学では運動部には入らず、技術部と美術部を行き来していた。三年の時には放送委員となって、昼食時にディスクジョッキーの真似をしていた。本当の理由は、母親の用意する昼食の弁当を、他人に見られたくなかったからで、それほど貧弱なものだった。最後の頃は弁当を作ってくれずに、パン代を手渡すようになっていた。中学二年の頃、深夜ラジオが開花した。ここに当時、「オールナイトニッポン」の月曜日の担当、糸井五郎のオープニングを載せておく。
中学三年の夏休みに入ろうという時。アポロ11号が月面に着陸した。人類初めての第一歩の録音があるので、ここに載せておく。


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